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『小さな手紙』
 ここ数日でずいぶんと冷え込みが厳しくなった。分厚い鉛色の曇り空から、今にも雪が降り出してきそうだ。こんな日はさっさと配達を済ませて局へ戻るに限る。支給の薄いジャケットじゃとてもじゃないが風邪をひいてしまいそうだ。
 局へ戻ると、ちょうど集荷から戻ってきた戸中先輩と一緒になった。
「おぅ三の字、お疲れさん。今夜忘年会がわりに缶ビールパーティやるんだけどな、おまえも来ないか?局長とユキエちゃん、あと嘱託の須黒さん」
「え、えぇ…、いいですね」
「時間は今日8時な。帰りにまた誘うから。あぁ、あと日報書いたら仕分けの手伝いも頼むわ」
 そういって先輩は集荷のカゴを台車に載せて先に入って行った。
 そう、ここは北のはずれにある小さな町の小さな郵便局。家田局長、戸中先輩、後輩のユキエちゃん、そしてボク。あと週三日、簡保の外交で来ている嘱託の須黒さん。たった5人だけど、みんなこの町が好きだし、何より郵便局員の仕事を愛している。都会じゃ民営化とかいろいろもめているみたいだけれど、この雪国の小さな町の郵便局はこの先もずっと変わらないと思う。

 仕分け場所に行くといつもよりカゴが1つ多い。先輩が手伝いを頼んだ理由がすぐにわかった。毎年この時期になると、幼稚園や保育園、養護学校から大量の手紙が出されるのだ。宛先はきまってみんな同じ。

“サンタさんへ”と書かれている。

「お、三の字。そのカゴ、いつものだから。裏へ運んどいてくれよな。しっかし、今時の子供もサンタクロースなんて信じてるのかねぇ? ステレオタイプのヒーローじゃあるまいし……」

 ざっと見て50〜60通はあるだろうか、こういう届けようのない手紙の処理はどこでもおおむね決まっている。カゴからビニール袋に移し替えて、クリスマスが終わるまで局で保管。その後、ひっそりと廃棄されるのだ。ボクは先輩にいわれたようにカゴの中身をビニール袋にあけて、それらを裏の倉庫に運ぶ。簡単な仕事だ。

 倉庫から戻ると局長、先輩、ユキエちゃんが帰り支度をしていた。そうか、さっき今夜はビールパーティだって先輩がいってたっけ。
「私たちは先に失礼するよ。須黒さんは今日直帰だから、戸締りよろしく。あとビールパーティは私の家で8時から始めるから、遅れないようにな」
「じゃ三の字、おつかれー」
「三田さん、待ってますから絶対来てくださいよ」

 静かになった局内にぽつんと一人。表のドアに鍵をかけ、みんなが戻ってこないのを確認してからボクは自分の机に戻った。そして胸ポケットに忍ばせていた封筒を幾つか取り出し、机の上の便箋にペンを走らせる。

“たくやくんへ メリークリスマス。おてがみありがとう……”

−了−

(三語即興文 お題【缶ビール】【ステレオタイプ】【曇り空】+【クリスマス】)
# by onsokuansen | 2005-12-10 21:02 | 三語

『灯台』
 青、真っ青な空。蒼、どこまでも蒼い海。はるか彼方で水平の境界線は消え去り、ゆるやかな弧を描くようにしておぼろげになる。雨や風の日もあるが、この辺りはおおむね穏やかな日が多い。私はこの港の堤防の先端に立ち、この海を見るのが好きだ。ずっと昔から。

ざざぞぞぞー……しゃーん、ざーん
ざざざ……しゃー、ざざーん
ざざん、ざぞざ……しゃー、ざーん、ざーん

 長年慣れ親しんだ漁師たちには、打ち寄せる波音だけで潮の引き具合がわかるのだろう、ほどよく潮が引き浅くなった珊瑚礁に、明かりがみっつよっつと灯りだす。点在するのは蛸獲り漁の漁り火。イジャビと呼ばれる独特の漁法は、この界隈で昔から続く光景だ。私がここに立ってから、一度も途絶えたことのない、島の風物詩だ。いや、まて。いつだったか、イジャビが途絶えた時があった。あれは……そう、どこか遠くで戦争が始まったという話を聞いた年だ。間もなくして蛸獲りの漁師たちも狩り出され、島には老人と女子供ばかりが残った。漁師がいなくなった港で、私は火を入れられることもなく、ただ立ち尽くして過ごした。役目を果たせなくなってから、どれくらいの月日が流れたかさだかではない。それほど長かった気はしないが、それが一年なのか二年なのかわからない。
 記憶があやふやになりかけたころ、昔なじみの老漁夫たちが、久しぶりに私の様子を見に来てくれた。彼らの話によると、この島にも敵国の銃弾が届いたそうだ。この老漁夫たちはこれから漁に出るのだろうか……。眠っている間にどういうわけか、私の自慢のレンズが割れてしまった。彼らは私の具合を見に来てくれたのか。申し訳ないが、このままでは夜間の航行を助けてやることはできない。昼間に漁をしておくれ。そうだ、またイジャビをすればいい。私の明かりがなくても、あの漁ならできるじゃないか。私の思いが伝わったのか、その夜からわずかではあったが、イジャビが戻った。あぁ、よかった。大きなことはわからないが、この島には火が灯っていなければいけない。
 しばらくして、堤防の脇に白くなった珊瑚の欠片を拾い集める女性たちが現れ始めた。不思議に思って耳を傾けてみると、どうやら本島が陥落し、その後、ふたつの爆弾によって降伏したとのことだった。暑い夏の遠い私の記憶だ。

 真っ青な空、どこまでも蒼い海。ふたつが溶け合うはるか彼方に、ニライカナイがあるのだという。彼の地からいつか帰ってくることもあるのだろう。そのためにも照らし続けよう。
 今ではレンズもすっかり修復され、港の堤防の先端に私は今日も立っている。

―了―

(三語即興文 お題【漁り火】【レンズ】【陥落】+【海の聴覚描写を入れること】)
# by onsokuansen | 2005-08-12 22:38 | 三語

『箆鹿』
 森に入ってから、もうかれこれどのくらい歩いただろうか。思えばロッジを出たのはもう1週間も前になる。ガイドのハンスが割賦で手に入れたというご自慢のクロスカントリー4WDを走らせ、目的地のカッブ湖に到着したのが4日前。ベースキャンプを張り、獲物の足取りを探し出したのが一昨日の朝。それから朝と夜が1回ずつ。いや、1回ずつと半分。いやいや、2日前だったか3日前だったか、火曜日だったか水曜日だったか……。そんなことはこの際どうでもいい。空腹と疲労のせいか、そんな調子で朦朧、雑駁としながら今もまだ歩きつづけている。
 ハンスはプロのハンティングガイドだが、それ以前に老練な猟人でもある。スコッチに酔うと恰幅のいい腹をたびたび掻きながら、ワシは子供のころ狼に育てられた……と語りだすのがお決まりだったが、何日も彼と過ごしていると、それもあながち法螺ではないのかもしれない……そう思うようになっていた。それというのも彼は大型草食獣の反芻によって生じる一種のガス臭、つまりは特有の呼気を嗅ぎわけられる能力があった。それゆえ彼とのハンティングは失敗が少なく、標的発見の確率は他に類を見ないほど高い。
 かれこれ2時間ほど経過したころ、我々の視界が急に開けた。こんなところに草原が広がっているなんて、聞いたことがない。しかし、ここまで歩いてきた鬱蒼とした森のなかとは思えないほどあっけらかんとした平原が眼前に広がり、その中央には万物の潤いを湛えた紺碧があった。泉だ。私はハンスがこの場所にこだわった理由が理解できた。近づいて見るまでもなく、泉の周りには様々な動物の足跡が残されている。その中に我々が追っている雄の大箆鹿と思われるものもあった。ハンスと私はすぐさま風下に移動し、いくつかの岩がまばらに並んでいるところまで来て歩みを止めた。そこは風下であるだけでなく容易に泉を見渡すこともでき、獲物を待ち伏せするには絶好の位置だった。私はハンスが見つけた岩と岩の隙間に銃座を構えることにした。暗い迷彩色のポンチョを羽織り、ほぼ岩と同化し、気配を消すことに私は成功した。ハンスは私から少し離れた場所で身を隠しながら、時折り周囲の様子をうかがっている。ここから先はいつものように彼のハンドサインと自分の集中力、狩人としての才覚だけが頼りだ。
 10分、20分、泉のほとりに野生動物が現れるたび、時間は加速と減速を繰り返した。山鳥や野兎を撃ったところで何の意味もない。狙うは大箆鹿のみなのだ。そんなことを考えていると、いきなり視界の隅、森の暗がりの奥から巨大な掌が差し伸べられた。いや、掌だと錯覚したのは平たく雄大な鹿角だった。間違いない、大箆鹿(おおへらじか)だ! ハンスをちら見すると、彼はハンドサインで答える。
“アト 10フィート マエニ デタラ ウテ!”
 私は頷き了解した旨を伝え、ライフルの安全機構を解除した。同時に左胸の鼓動が血流に乗って急速に全身へ伝わっていき、両腕の筋肉がいつも以上に盛り上がるのがはっきりとわかる。脳内麻薬が分泌されているせいだろうか、靄がかかったように朦朧とした数時間前の自分とは別の自分が生まれていることをどこか可笑しく思った。
 視線の先には大きな対の掌を掲げた箆鹿が、ろくに警戒もせず大胆に歩みを進めている。角に続いて頭が現れ、次いで前脚、肩甲骨から脇腹あたりが露見したあたりで、私は驚嘆と感動の声を押し殺すのに苦労した。なんという立派で力強い体躯か。その箆鹿は一種の神々しさをまとったさえいたからだ。しかし、ここで歓喜の声を上げるわけにはいかない。冷静なもう一人の自分が囁く。大型の鹿類を仕留めるには後脚、それも大腿部の付け根を狙うのが最も効率がいい。何故なら的が大きいうえ、後脚を奪ってしまえば巨体を支えきれずに転倒し、後で止めを刺すにも都合がいい。
 あと7フィート、5フィー、3、2……。
――ズダダーンン!
 刹那を切り裂くように怒号のような雷鳴のような轟音が周囲に鳴り響く。銃身を支えていた私の左掌に瞬時に衝撃と熱とが伝わってくる。しかし、残念ながら達成感はない。広げられた掌は轟音との響きにも劣らぬ速度で泉の奥の森へと生還し、ほどなくして影すら見えなくなった。あれが名にし負う大箆鹿だとしたら、千載一遇のチャンスをむざむざ棒に振ってしまったことになる。そう思うと両肩の力が急に抜けてしまった。
 ほどなくして失態の始終を見ていたハンスが、オームポール型のパイプにマッチで火を点けながらこちらへゆっくりと歩いてきた。弁明のしようがない。私は彼の努力を無にしてしまったのだ。哀願や悲観といったなんとも情けない表情を浮かべていたのだろう、ハンスは傍まで来ると私の肩を優しく抱きかかえながら呟いた。

「Don't Worry… That's Buck!」

―了―

(三語即興文 お題 【雑駁】【反芻】【割賦】+【オチ(サゲ)があるもので】)
# by onsokuansen | 2005-06-06 17:52 | 三語
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